うさろぐ日記

”アフリカ、旅、貧困” 人生を哲学するブログ

アフリカ諸国の発展とは、日本のようになればよいのか?

そもそも発展するってどういうこと?

少々乱暴ではあるが、ここでは「発展=便利になる」ということで話を進めていきたい。ある学者は、人類の進歩の一貫した方向性は「もっと多く、もっと早く、もっと楽に」を、追い求めることであるとしている。つまり、個人の「快」の増大が「進歩」するということであると。

 

進歩=発展であると定義している。ここではわかりやすく、「快」=「ハッピー」としよう。幸せが増えることこそ、すなわち人類の進歩である。

*快とかハッピーというのは、個人の感覚的なものであり統一的指標はない。ここでは、一般論としてハッピーという言葉を使っていることに留意されたい。

 

日本でも、高度経済成長期によく聞かれた言葉に「三種の神器」という言葉がある。30代以上の方は聞きなれた言葉だと思うが10代、20代の人はなんだそれと思われるかもしれない。

 

三種の神器とは、テレビ、冷蔵庫、掃除機の3つの電化製品のことを指している。社会全体として、みんなが持っているテレビがほしい。洗濯機がほしい。それを買うために、みながむしゃらに働いていた時期である。

これも、まさに便利になることを求めた結果であったといえる。

 

テレビの購入は、楽に娯楽を手に入れること。休日に家族を外に連れていく必要がなくなった。

 

洗濯機がない時代は毎日、冷たい水で手洗いをしていた。

 

掃除機がなければ、バケツと雑巾で掃除しなければならなかった。

 

今では、当たり前の電化製品も、当時の社会としては革命的発明であった。

 

さて、アフリカの国々でこれらの家電は普及しているのだろうか?都会での普及は進んでいるが、田舎へ行けばまだ電気がない家庭が大半を占めているため、まったく普及していないといってもよい。

 

しいて言うなら、テレビの普及は進んできているといえる。田舎の村でも、村に一人はソーラーパネルを持っていて、みなが集まってテレビを見ている光景というのは珍しくなくなってきている。

 

日本も財政的に大変なのに、なんで途上国に援助しなければいけないの?

みなさん、人力車ってご存知だろうか?

日本でも、観光地へ行くと人力車を引いている人を見ることができると思う。

日よけもついていて、座っているだけで楽に移動できるという意味では「ハッピー」の増大である。

 

が、人力車を引いている人にとっては、重い人を乗せて運ばなければいけないから「ハッピー」の増大とはなっていない。

 

しかし、仕事として人力車を引いているので、お金という対価をもらうことができので、最終的には「ハッピー」の増大になっているといえる。

 

 

だったら車に乗ればいいじゃん、と思われた方、するどい意見ですね。

 

車だったら運転している人は、エアコンも効いてて楽に移動できるから「ハッピー」の増大といえる。では、車は重たい人を乗せているから「ハッピー」ではないのかというと、そんなことはない。じゃー車最強、という結論はちょっと早い。

 

車を動かしたときにでるのは排気ガス。この排気ガスにより大気汚染が生じ、健康を害する人がでるのであれば、それは「ハッピー」なことではないといえる。

さらに、

自動車を作るためには、鉄、プラスチック、ゴムなどの資源が必要となり、多くの資源は途上国で産出されている。

この際、劣悪な労働環境で働かされていたり経済的な搾取をうけている場合がたぶんにあるとされる。

 

つまり、先進国が得ている「ハッピー」の増大の分の対価として経済援助が必要であるともいえる。

 

日本みたいになりたいの?

電通社員の過労死、自殺者の増加、社会人のうつ病患者の増加問題等、日本社会にも多くの問題がある。それなのに、途上国の人は日本社会みたいになりたいの?

答えはイエスである。

戦後の日本だってGHQの支配下にあった当時、アメリカ軍人の豊かな生活を見て、強いあこがれを抱いており、その憧れが現在でも残っているほど強烈なものであったといえる。

途上国から見る日本人は、最新の携帯電話を持っていて快適な車に乗っており、冷房の効いたレストランでデートするという、まさに途上国の人からしたら憧れの国であるのである。